「iNaturalist」の活用方法を考えてみた

お久しぶりです。「岩本愁猴のスナックあぜみち」です。

 

以前、このブログで「iNaturalist」というアプリを紹介しました。

A Community for Naturalists · iNaturalist.org

スマホで生きものの写真を撮ると日時や位置情報と一緒にクラウドにアップロードでき、

かつAIが画像判別で生きものの種類を提案してくれる、というスグレモノです。

 

僕らのような生きもの好きにとっては、見つけたものを片っ端からアップするというのも宝探しみたいで十分楽しめます。

でも、せっかくデータを共有して地図上に落としたりできるので、調査や研究にも応用したいところです。

 

[iNaturalistのデータの特徴と解析のしかた]

 

iNaturalistのデータから何かを言うとなると、組織的な一斉調査とは異なる点があります。

それは、基本的に「在のみデータ」ということです。

iNaturalistで得られるのは「いる」という情報のみです。「いない」という情報は出てきません。

従来、生きものの分布を「在・不在データ」から推定することはよくやられてきましたが、「在のみデータ」から推定するのは難しかった。

そこで提案されたのが最大エントロピーモデル(Maxentモデル)です。

詳しい仕組みは割愛しますが、これを使うことで、在のみデータから生きものの分布を精度よく推定することができるようになりました。

 

ただここで、iNaturalistのデータの持つもうひとつの特徴を考えましょう。

それは、「調査努力量が偏る」ということです。

「調査努力量」とは、「どのくらいの手間をかけて調べたか」ということです。

一斉調査ならある程度均一にできますが、iNaturalistではそうはいきません。

どうしても、みんながよく通る道や行きやすい場所の近くに観察が集中します。

そしてMaxentモデルは、調査努力量の偏りに弱いことが指摘されています。

そういう場合は、似た性質を持つ他の生きもののデータをバックグラウンドとして用いることで、

調査努力量の偏りを制御する方法があります。

 

こういう性質のデータを解析する手法も幾つか提案されていますので、状況に応じて活用していくと良いでしょう。

市民が参加して集めたデータをどう活用するかも、これからの生態学者の大事な仕事ではないか、と思います。

 

[iNaturalistのコミュニケーションへの応用]

 

・・・と、ここまで考えて気づきました。

市民が取ったデータをどう解析するか?も大事だけど、

iNaturalistが真価を発揮するのは、そのもっと前の段階なんじゃないか、と。

 

調査や研究の前に、大事なことがあります。それは「問題設定」です。

これをちゃんとやっておかないと、何を目的にやるのかいまひとつ納得いかないままになります。

そしてそれを設定するのに重要なのが「コミュニケーション」です。

富田(2018)が佐賀県のとある湿地を例に、コミュニケーションの過程を説明してくれています。

 

生態系とどう付き合っていくかを考えるとき、そこには多くの人が顔を出します。

地域住民、行政の担当者、研究者、などなど。

そしてそれぞれの立場によって、何が問題かという認識がズレてしまいがちです。

例の湿地では、川沿いの水田だったところにスポーツ施設を建設する案がある中、

「自然再生事業」をやると言い出したのは河川事務所、つまり行政でした。

そこから地域住民や専門家も参加して定期的に検討会を開くようになりましたが、

自然再生という問題設定は、住民にとっては唐突なものだったようです。「自然なんていっぱいあるじゃないか」と。

そこで、住民から湿地での暮らしや自然の様子を「聴く」ことで、住民がどういう意識を持っているかを知ろうとした。

これにより、行政側は「自然再生事業が住民にとってどんな意味を持ちうるのか」を、住民側は「先祖伝来の土地に自然再生事業がどう影響するのか」を、それぞれ考えることができた、というのです。

それから、行政は問題設定を「水辺と人間のかかわりの場の再生」に変え、住民側にも「子どもたちが水辺を体験する場として整備する」という意識が生まれたそうです。

問題設定のズレを無くすのに重要だったのは、「聴く」というプロセスでした。

 

ここにiNaturalistのデータがあるとどうなるか。

この「聴く」という過程において「ここにこんなのがいた」というのが共有しやすくなります。

そうするとそれがきっかけになって、様々な記憶が紐づいて出てくるかもしれない。

また、スマホ片手に自分たちで改めて探しにいくことで、忘れていたことや新たな発見に気づくかもしれない。

地図上に表示すれば、子どもたちや地域外の人たちにも、地域の現状を説明しやすくなる。

「聴く」というプロセスを支援することで、問題設定をより進められるのではないでしょうか。

 

今後、生態系の保全や管理の現場で、iNaturalistがどういう役割を演じられるか、注目していきたいところです。

 

[参考文献]

鷲谷いづみ・宮下直・西廣淳・角谷拓『保全生態学の手法』東京大学出版会(2010)

富田涼都『生物多様性保全をめぐる科学技術コミュニケーションのあり方』日本生態学会誌 68: 211-222 (2018)